サル類はウサギやフェレットなどに比べ飼育管理に手間がかかり、犬歯も鋭く攻撃力もあります。さらに人畜共通感染症などの危険性もあり興味本位や衝動的な飼育には全く向かない動物です。実際、動物病院に来院する多くのサルが不適切な飼育管理が原因であり、サルだけでなく飼い主様も不幸になっているケースがみられます。

しかし、本院の患者様には以上のような点を理解した上で、サルと非常に良好な関係を築き大切に飼育している方も多く、獣医師として飼い主様から学ぶことも多いのが実情です。

いまだ情報の少ないエキゾチック動物を診療する場合には、飼育管理についてもできる限り情報を収集していくのはもちろん、実際にその動物を飼育している飼い主様と獣医師が協力しながら病気にならないように予防することが犬猫以上に大切なことであると考えています。

ここでは、はじめてサルを飼われる方や色々な情報を集めサルとの生活をよりよくしたい方のために、専門書などの情報を基にサル類の飼育管理、特に食餌管理についてまとめました。

サル類の分類

ピグミースローロリス

ピグミースローロリス
(Nycticebus pygmaeus)
以前は人気のあるサルでしたが、
現在ではワシントン条約付属書Ⅰに
登録されています。

サル類は大きく原猿類と真猿類の二つに分けられます。

原猿類の中で最も一般的に愛玩用に飼育されているサルはスローロリスやピグミースローロリスです。
しかし、これらのサルは、2007年、ワシントン条約付属書Ⅰに登録され国内では種の保存法により飼育にも制限がかけられています。

真猿類はさらに大きく旧世界ザルと新世界ザルと呼ばれる仲間にわけられます。

旧世界ザルはアフリカや東南アジアに生息する仲間で、新世界ザルは南アメリカ大陸に生息する仲間です。ヨーロッパや北アメリカにはサル類は分布していません。

コモンマーモセット

コモンマーモセット
(Callithrix jacchus)
最も一般的なマーモセットで
リスザルよりも小型で性格も温和です

新世界ザルは広鼻猿類とも呼ばれ左右の鼻の穴の間隔が広く嗅覚が鋭いのが特徴とされています。
ペットとして最もよくみられるリスザルやマーモセット、タマリンなどがこの仲間に含まれます。それ以外にはより大型のフサオマキザル、クモザルなども時折りペットとして飼育されています。

旧世界ザルは左右の鼻の穴の間が狭く狭鼻猿類とも呼ばれ、日本猿やアカゲザル、コロブス、ヒヒ、マンドリルなどが含まれます。旧世界ザルの仲間で最も一般的に飼育されているサルはタラポワンでしょうか。

また、テナガザル、ゴリラ、チンパンジー、オラウータンなどは類人猿と呼ばれ他のサル類とは区別し分類されています。

新世界ザルと旧世界ザルの分類で最も重要なことは必要とする栄養素が異なるという点です。

第一に、タンパク質の要求量が異なり、新世界ザルに属する仲間は旧世界ザルよりも多くのタンパク質を必要とします(新世界ザル 25%に対し、旧世界ザル 15%)。

第二に、新世界ザルに属する仲間は、ビタミンD2を利用できないため、日光浴ができる環境を準備するか、フルスペクトルライト源を供給する、もしくはビタミンD3を食事中に添加しなければいけません。これに対し、旧世界ザルに属する仲間はビタミンD2を利用できます。

また、新世界ザルと旧世界ザルの区別はなく、全てのサル類はヒトと同じようにビタミンCを体内で合成することができないため食事から摂取しなければいけません。

野生下での食事

野生下では、ホエザルやコロブスなど葉を主食とし、腸内細菌による発酵を行う一部の特殊なサルやメガネザルなど虫や爬虫類などを主食とする肉食傾向の強いサルを除けば、ほとんどのサル類は雑食性で葉、種子、新芽、果物、果汁、花の蜜、根菜類、昆虫、鳥の卵、鳥、小型の脊椎動物など様々なものを食べています。

愛玩用に飼育されることの多いコモンマーモセットが属するマーモセット科の多くは野生下での食事のおよそ15%程度は木の皮を剥いだり小枝を咬んだりしながら樹脂や樹液などを食べていると報告されています。
これらの種ではカルシウムや粗タンパク質の含量が多い樹脂や樹液などを食べることで他の食物から得ることのできない栄養分を摂取していると考えられています。

また野生下では多くのサルが一日のうちの大半を食事を探すことに費やしており、一度に多量の食事にありつけることはあまりないと思われます。

飼育下での食事

サル類は実験動物としての飼育歴も長く必要な栄養素に関する研究や報告は多数存在しています。ここで大切なことは、新世界ザルと旧世界ザルでは栄養要求が異なるということです(サル類の分類の項参照)。
現在では、いくつかのモンキーフードが市販されており、ショップやインターネットでも購入できるようになっています。

市販されているモンキーフードも大きく新世界ザル用、旧世界ザル用に分けられ、さらにマーモセット用や新、旧世界ザルのどちらにも利用できるものなどが市販されているようです。
飼育下では、これらの種類にあった信頼のおけるモンキーフードを中心として色々な野菜や果物を与え、ヨーグルト、チーズやゆで卵、スクランブルエッグ、ツナや火を通した肉類などをタンパク質源として与えます。
その他、ヒト用のシリアルやオートミール、ベビーフード、パスタや砕いたドックフードやキャットフードなども食事の一部として利用できます。

また、おやつとしてサル用のビスケットや犬猫用のビスケット、ヒマワリの種やピーナッツ、その他の種子類やナッツ類、穀物類、爬虫類店などで売られているコオロギ、ミールワーム、ジャイアントミールワーム、シルクワーム、ワックスワームなどの餌用昆虫やピンクマウスなども与えることができます。

獣医学書などで推奨されているバランスの良い食事内容は、新鮮な野菜や果物15~20%、種子、ナッツ類、穀物類、新芽など5~10%、高タンパク質のおやつ(卵、虫など)2~5%です。通常、成獣で体重の3~5%の食事(乾燥重量)が一日の食事量となります。しかし、サル類は食べ物を食べる際に食べ散らかし無駄が多いため、一日に必要な量を2~3回に分けて少し多めに与えることが推奨されています。

ヒトの食べ物

我々ヒトもサル類と同じ霊長類に属する動物です。
おそらく、ヒトと同様に様々な食事をサル類に与え、選り好みなく食べさせることができれば栄養学的に大きな問題が生じることはないと思われます。しかし、実際にはヒトの食べ物を与えることで好き嫌いが激しくなり健康状態に悪影響を与えることが多いと感じています。

このため、食事管理に十分な時間と費用をかけられない場合には市販のモンキーフードを主体とした食事にしたほうが健康状態を良好に維持できると考えています。通常、ヒトの食べ物に慣れてしまったサルはモンキーフードを受け入れません。
モンキーフードを食べさせるためには、ミルクやジュースでふやかしたモンキーフードを与えたり、モンキーフードを砕いたり、すり潰したりしてヒトの食べ物に混ぜて与えるなどの工夫が必要です。その後、徐々にモンキーフードの量を増やし、モンキーフードを主体とした食事内容に切り替えていきます。

犬や猫などには与えてはいけないチョコレートは霊長類で大きな問題となることはなく、海外の専門的な施設でもおやつとして与えられることもあるようです。しかし、タマネギは犬猫同様、ヒトを除く霊長類でも溶血性貧血の原因となることが確認されているため、与えるべきではないとされています。特にマーモセットやタマリンなど小型のサル類では、オニオンパウダーが入ったヒト用食品の使用を避けるなどの注意も必要かもしれません。

食事の与え方

食事を与える際の一番大きな問題点は、栄養面で問題の少ないモンキーフードの嗜好性が悪いということです。より嗜好性の高い食事やおやつが十分に与えられている場合にはモンキーフードを全く食べなくなってしまうこともよくあります。このため、モンキーフードを食べさせる場合には、それ以外の食事はおやつや食事のバラエティーの一つとして少量ずつ与えるかモンキーフードを食べ終えた後に少量ずつ与えなければなりません。
また、モンキーフードを受け入れない場合には、市販の野菜ジュースや果物ジュースなどでふやかしたり、ハチミツやヨーグルトなどと混ぜて与えてみるか、細かく砕いて他のフードと混ぜたり、ミキサーにかけてしまう方法もあります。

モンキーフードに添加されているビタミンCは時間の経過とともに容易に酸化されてしまうため、通常は開封してから90日以内に消費することが推奨されています。
その他、ヒト用のベビーフードは嗜好性も高く、様々な種類のものが容易に入手できるため食事のバラエティーの一つとして利用できます。

餌用昆虫を与える時に大切なことはサルに与える前に虫に十分な栄養を与えることです。
また、ミールワームやコオロギを与えると一過性の下痢がみられることが報告されているため、下痢がひどい場合には与えるのを控えるなどの注意が必要です。
また、屋外で採取したバッタやセミ等の昆虫を与える場合には寄生虫感染症の問題があります。飼い主が与える意図がなくても、室内にいるゴキブリやヤモリ、ネズミなどを捕食することもあり、これらの動物が寄生虫を媒介する原因となることもあります。このため衛生環境を維持することは非常に重要です。
さらに、室内で飼育しているマウスやハムスター、小鳥なども万が一捕食されてしまうことのないように注意が必要です。

野生のサルは一日の大半を食事を探すことに使い、十分な食事にありつけることはめったにありません。さらに飼育下のサルでは運動不足や過食による肥満、急性の胃拡張や退屈な日常生活での精神的な異常行動が問題となることもあります。
このため、サル類には一度にまとめて食事を与えたり、食べきれない量を常にケージ内に置いておくのではなく、一日に必要な量を数回に分けて与えることが推奨されています。
数回に小分けにすることで胃拡張などの問題を避け、生活に刺激を与えることができます。

また、好物やおやつなどをケージ内もしくは飼育スペース内などに隠しておき、それをサルが自ら探し出してから食べるような工夫することでこうした問題をさらに改善することができます。鳥類や小動物、小児用のおもちゃなども安全性が確認できれば食事やおやつを隠すために利用できます。

最後に、複数頭を同じケージで飼育しているときにはそれぞれの個体が適正量食べられているかどうかを確認することも非常に大切なことです。

栄養性疾患

サル類の代表的な栄養性疾患としてはカルシウムやビタミンDの欠乏によるクル病やビタミンC欠乏による壊血病などがあります。

クル病や低カルシウム血症はマーモセットなど小型の新世界猿でみられることが多い病気ですが、ニホンザルなどの旧世界ザルでみられることもあります。症状は突然の運動失調や骨折を主訴に来院することが多く、問診で食事内容が不適切であることを確認したり、レントゲン検査で骨の異常を確認して診断します。
病気の初期にはカルシウム剤やビタミンD3の補給、紫外線ライトの設置などにより多くの場合状態の改善が期待できます。

栄養性疾患

栄養性疾患

栄養性疾患による骨の異常がみられた
コモンマーモセットの全身のレントゲン写真。
全身の骨密度の低下と大腿骨の
病的骨折(矢印)が確認できます。

外観。頭部の血腫はターバンヘッドと呼ばれることもあります。

外観。頭部の血腫はターバンヘッドと呼ばれることもあります。

ビタミンCの欠乏はサルの種類を問わずみられますが、最も多く動物病院に来院する種類はリスザルです。特徴的な症状としてターバンヘッドと呼ばれる頭部に形成される巨大な血腫(血の塊)があり、その他、歯ぐきからの出血やレントゲン検査で骨の異常などが確認されます。
診断は食事内容の確認や症状、血液中のビタミンC濃度の測定により行ないます。
治療は栄養状態の改善とともに必要があれば血腫に対する治療も行ないます。

頭部CT所見

頭部CT所見

頭部X線所見

頭部X線所見

その他、食事に関連する病気としては、一気に多量に食べてしまうために生じると思われる急性の胃拡張や餌用昆虫やゴキブリなどが媒介する寄生虫性疾患、肥満、歯石などの歯科疾患などがあります。
栄養性疾患や食事に関連した病気が確認された場合にはその原因となっている単一のビタミンやミネラルの補給や改善だけに注目するのではなく、食事内容全体、さらに食事や栄養剤の与え方、紫外線ライトの設置や衛生面の管理など飼育管理全体で問題点がないか再度確認していくことが非常に大切です。